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IIEL卒業生からのメッセージ
世界で日本語教師として活躍するIIEL卒業生から新しいメッセージが届きました。

新着メッセージ
過去のメッセージ
卒業生就職先一覧
●金坂泉 先生 [DIPLOMA課程卒]
      早稲田日本留学専門語学院/韓国


私は、昨年末から1年間、韓国釜山市にある早稲田日本留学専門語学院にて日本語を教えていました。学生は日本の大学留学を目指す高校生達で、授業内容は日本留学試験合格のための読解や聴解練習、英語長文和訳などの指導でした。
初めての韓国の地で手探りで始めた授業でしたが、学生達は皆温かく接してくれ、積極的に日本語を使う姿勢を見せてくれていました。
強く感じたことは、学生達の間で、韓国語をそのまま日本語に変換して誤用となってしまうなど母語を理由とする様々な問題が起きるということでした。誤用訂正の効果的な方法を研究所にて学びましたが、共通の誤用が発生する理由を知り対策をとるためには、私自身が韓国語を学び、韓国語の視点から考えることが欠かせないと改めて知りました。
学生達の心理状態や授業後のフォローなど、研究所で学んだことを実際に実践してみて初めて分かることも多くありました。教壇に立つ瞬間に一人一人の思いが不思議なほど伝わってしまう。学生の立場からでは決して見ることのなかった光景でした。
今後は、初めて日本語に触れる学習者を対象に、英国の小学校などで教えられる機会が持てたらと考えています。色々な角度から、日本語を使う楽しみを見つけられる授業を行いたいと思っています。
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金坂先生
●東利子 先生 [CERTIFICATE課程通信教育コース卒]
      福井市立進明中学校/日本


英国国際教育研究所卒業後は、日本の福井県福井市において教育課と国際交流課と日本語教師とでプロジェクトチームを立ち上げ、公立小学校と公立中学校に転校してきた日本語の初期指導が必要な子どもたちに日本語の初期指導を行なっております。チームを立ち上げて1年目なので子ども1人にかけることのできる予算はまだ少ないため、授業の回数が多くなく、また、教材が整っていないので、みんなで知恵をしぼって福井でできることを会議をしながら進めていっています。現在は、福井市立進明中学校にてフィリピンから来た女の子に週に2回日本語指導と英語指導をしています。
英国国際教育研究所の通信教育コースにて、日本語教育の課題についての28のレポートに取り組みました。よくわからない時には研究所の先生に質問をしたり、図書館で調べたりしながら黙々と取り組みました。また、返って来たレポートには先生の親切なアドバイスがあり、それによってより深く学ぶことができました。ロンドンでの教育実習に行くことを楽しみにしてがんばりました。ロンドンでの教育実習では、同じ目的で頑張ってきた仲間と初めて顔を合わせ、実習中はともに作業をすすめ、仲間たちに支えられて頑張ることができました。授業の進め方や内容について細部にわたり、先生方からたくさん教えていただきました。実習期間にともに同じ場所で同じ経験をして頑張った長いようで短い期間ではありましたが、先生方をはじめ、仲間たちとの出会いは一生涯のかけがいのない財産であり、これからもずっと交流を続けていきたいと思っています。おかげさまで無事合格し卒業することができました。先生方をはじめ、共に学んだ仲間たちに感謝しております。
日本語教育は奥が深いため、英国国際教育研究所で学んだことをベースにこれから様々な経験を積んでいきたいと思っております。今はまだ福井にて地道に活動を続け、経験を積みながら勉強を続け、将来は海外にて日本語を指導していけたらと思っております。
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東先生
●小笠原智美 先生 [CERTIFICATE課程通信教育コース卒]
      日本語教室Privatjapanska経営/スウェーデン


日本でいくつかの職種を経験した後、通信制の大学で英文学を学んでいるときに、スウェーデンのストックホルム大学で1年間交換留学生として勉強する機会を得た。この大学にある日本語学科は大変人気があり、毎年入学しきれないほどの多くの学生が応募して来るという。この大学に留学中に、日本語学生または過去に日本語を学んだ人たちの手助けをする機会を得て、彼らの日本語学習に対する情熱、日本に対する限りない尊敬の念と憧れや興味などに触れ、何も知らなかった私は驚くばかりだった。なぜこの遠く離れた北欧の地でそれほどまでに日本語を学びたいのか。彼らの熱意に動かされた私はいつの間にか、専門的な勉強をして日本語教師になり彼らの手助けをしたい、と思うようになっていた。
その夏には決心を固め、友人に紹介されたIIELのPostgraduateの通信教育コースで勉強を始めた。交換留学期間が終了しても日本には帰らず、スウェーデン語を勉強しながら、日本語を学ぶ学生達の手助けも続けた。机上の学習とその実施が同時に出来たのは素晴らしい収穫だった。コースがほぼ終了した時点でロンドンでの実習時期を待つことが出来ず、すでに自営業の許可を申請し日本語教室を開設した。実習先のロンドンでは、それぞれ違う場所で同じ苦労をした仲間や、レポートの指導をしてくださった先生方に会うことができて本当に嬉しく励みになった。そのときの経験とコースの学習中に得たことは、今も教える上で大変役に立っている。そして日本で得た社会人としての経験も、言葉の背景にある文化を伝えるときにとても役立っている。
学校に就職せず日本語教室を開いた目的は、個人教授によって各人の異なったレベルやペースに対応したいと思ったからだ。生徒の年齢層は10代から50代までと幅広く、年齢差、ニーズや興味の違いなど、それらによっては彼らがいずれ到達したいと目指すゴールが異なる。初心者にはテキストを使い文法を中心に、初級を終え中級、または中級から上級に進みたい生徒にもテキストを使用、すでに話すことが出来て会話力をキープしたい学習者には会話のレッスンを中心に提供している。生徒からの要望によるレッスンも行っている。また、月に一度はレベル別にグループで行う会話レッスン、テキストを読むレッスン、そして年に1度位は文化関連のアクティビティーをしている。
まったく手探りの状態で始めた教室もあっという間に5年目に入った。生徒達の上達を喜ぶ笑顔に支えられてここまでやってこられた。日本人だからといって日本語のすべて知っているわけではないし、いつも説明がうまくできるわけではない。そういうときは生徒と共に学んでいきたい、という姿勢でいる。個人教授にこだわったおかげで、むしろこちらが生徒に勉強させてもらっている。彼らのひたむきさ、真剣に学習に取り組む姿にいつも感動させられる。それが私の日々の原動力になる。こんなに幸せな日本語教師がいるだろうか。彼らのためにこれからも初心を忘れず、日々努力を続けていきたい。
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小笠原先生
●里真吾 先生 [CERTIFICATE課程通信教育コース卒]
      Bina Nusantara University/インドネシア


Postgraduate Certificate課程を修了した里真吾(さとしんご)と申します。
以前は会社員でしたが、もっと人の役に立っていると実感できる仕事をしたいと考え、転職を決意しました。
Postgraduate Certificate課程の通信教育コースを受講したわけですが、レポートは仕事をしながらの作成・提出でしたので、土日や正月休み返上で取り組みました。また、ロンドンでのスクーリングでは、より良い授業の実現のために睡眠時間を削って授業準備をするという日々が続きました。仕事でも徹夜をしたことのなかった私が、ハードなスクーリングを乗り切れたのは、ひとえに先生方やクラスメートの支えのおかげだと思っています。
そして現在、インドネシアはジャカルタのBina Nusantaraという大学で教鞭を執っています。研修生は20名。彼らは1年ほど日本語を勉強し、日本語能力試験2級レベルの試験に合格すれば、日本で、ホワイトカラーとして働くことができます。私自身、やりがいを感じています。
最大で1日8時間教壇に立てるという機会に恵まれているのですが、正直、楽なことばかりではありません。それでも、IIELで過ごした濃密な時間を思い出しては、「まだまだがんばれる」と、気持ちを新たにすることができています。日本語教師としても、人間としてもまだまだ未熟者ですが、IIELでの経験を糧に、今後も成長を続けていきたいと強く思っています。
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里先生
●ジャイルズ史 先生 [CERTIFICATE課程通信教育コース卒]
      Dame Alice Owen’s School/英国


IIELを卒業して、Dame Alice Owen’s Schoolで日本語を教え初めて3年目になります。
この学校は、Language Specialistのステータスを持つ公立のコンプリヘンシブです。1学年200人強と大型校であり、リーグテーブルでも毎年上位を占めるため、とても勉強に熱心な子供達が集まっています。Language Specialist Schoolということで、通常のフランス語、ドイツ語、スペイン語以外にも、日本語、ロシア語、中国語、イタリア語など色々な言語を教えています。私の生徒達も、必須で3ヶ国語を勉強しているので、第4外国語として、日本語を習っています。8年生で生徒を受け持つとGCSEが終わるまで持ち上がりという形で4年間ずっと一緒に勉強していきます。8年生でクラスを始めた時は、目を輝かせ、大きな目的を持って日本語を学びたいと言っていた生徒たちも学年が上に上がれば上がるほど他の勉強も大変になり、どうしても人数が減りがちです。それでも、生き残り組みは、一生懸命ついてきてくれるので、とてもやり甲斐のある仕事です。
IIELで教わった授業の準備の仕方は、今でも変わらずとても役に立っています。教案、細案をつくり、自作の教材を加えながら、どのようにしたら、わかりやすく、生徒たちに理解してもらえるか、どうしたら楽しく勉強を続けてもらえるかなどをいつも考えています。時には日本のビデオをみせたり、インターネットを利用したりしながら、紙とペンだけではない、様々な教材も利用するようにしています。最近では、パワーポイントを使用し漢字クイズを作り、誰が早く正確に漢字を読めるかというゲームもしています。こちらの子供たちは、今日は、何を勉強するのかという目的がはっきりしていて、その場ですぐ理解できなければついてきてくれません。ですから、自然と説明は、英語がほとんどになります。
「勉強だって楽しくなければやり甲斐がない」と思っていますから、「勉強なんだから、つまらなくて当たり前」のような考え方では、到底成り立ちません。学期末の最後の授業は、大抵折り紙や、お習字、日本語でゲームをするなど日本の文化も学んでもらうような楽しい授業にしています。毎年7月には、1年の成果を発表するため日本語で劇をします。私のクラスは、1年目に「桃太郎」、2年目は、「長靴をはいた猫」をしました。覚えたせりふはしっかり残っており、「桃太郎、桃太郎、お腰につけた黍団子ひとつ私にくださいな。」をいまだに歌う生徒たち。また、せりふで丸覚えした文型や単語が後になって紹介されると「あのときの桃太郎のせいりふだ!」などと思い出してくれます。又、昨年は、日本語スピーチコンテストに出場し、最終戦まで2人残り、一人は、3位の好成績を残してくれました。
クラスでの勉強だけでなく様々な機会を持つことで、生徒たちの日本語の幅が広がり、理解度や興味の深さも増していくようです。GCSEやAレベルで良い成績をとることだけに目標をおくのではなく、卒業後も日本語が、何らかの形で残ってくれるように、又、将来もっと日本語を勉強しようと思ってくれるようになれば とても嬉しいと思います。私自身も生徒達から色々吸収し、お互いに成長しているというのが実感です。来年は、いよいよGCSE 本番お互い正念場です。
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●江原明日香 先生 [DIPLOMA課程卒]
      広州櫻日本語学校/中国


中国は『広州櫻日本語学校』というところで、教師生活を始める幸運を得られました。現在は一年制コース(初級〜日本語能力試験2級合格目標)の専任教師として月曜から金曜日までの一日5コマを担当させていただいております。
私は、恥ずかしながら中国語は全然わかりません。しかし、中国語ができないから教えられないと思ったことは一度もありません。IIELで学んだとおり「絵教材」や「レアリア(実物)」をうまく使って授業を進めていくようにしております。学習者も「今日は何が出てくるのか?」とても楽しみにしてくれています。
まだ教師歴の浅い私ですがIIELでの経験が、どれだけ私に勇気を与えてくれているのかわかりません。IIELでは、体調不良で何度も帰国を考えた私でしたが、先生方をはじめクラスメートの皆さんのお力を借り、何とか卒業できた私がいまや「先生」と呼ばれる側の立場になったわけですが、いまでも、IIELの先生方の「謙虚さ」「勤勉さ」「やさしさ」をお手本に少しでも前進できるようにがんばっていきたいと思っております。
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江原先生
●尾まり子 先生 [DIPLOMA課程卒]
      立命館アジア太平洋大学 日本語非常勤講師/日本


私は現在、温泉地として有名な大分県別府市の立命館アジア太平洋大学(APU)で日本語を教えています。
APUには世界約80カ国から2,300名ほどの留学生がいます。これらの学生は国際学生と呼ばれ、専門の授業は英語で受講しています。それと並行して、将来日本語で専門の授業が受けられるレベルを目指し、日本語を学習します。
このコースは、4ヶ月間で集中的に基礎的な日本語を学びます。ひらがな・カタカナの確認から始まり、コース修了時にはひととおりの初級文法と漢字約700字の学習を終え、日本語能力試験3級と同等レベルの学内試験を受けます。かなりハードなコースのため、1日に学ぶ語彙や文法、漢字は相当なものになりますし、毎日多くの宿題をこなさなければなりませんが、学生たちはまじめに学習に取り組みます。基礎コースの学生は日本に来たばかりの学生がほとんどで、ことばだけでなく日本の文化や習慣にも高い関心をしめします。通常の授業に加え、別府市民や英語を学ぶ日本人学生との交流も定期的におこなわれ、学生が実際に日本語を使ってコミュニケーションができる場ももうけられています。このような環境の中で、役立つ日本語を楽しく、そしてわかりやすく学んでもらえるよう試行錯誤を繰り返しながらも充実した日々を送っています。
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●大江望 先生 [DIPLOMA課程卒]
      スパンブリ県サグアンジン学校Suphanburi Sa-nguan Ying School/タイ


Diploma課程を卒業しました大江望と申します。現在、バンコクから車で約1時間、タイの中北部に位置するスパンブリという県のサグアンジン学校で、日本語教師をしています。
サグアンジン学校は、中高一貫の学校で、全校生徒は3000人、教師は150人という、とても大きな学校です。私の学校では、高校生になると、日本語・中国語・英語・数学などから選択で、どの教科を学ぶか選ぶことができます。私が日本語を教えているのは、日本語を選択した高校1年生から3年生までの128人で、その各学年に、週に5コマ日本語を教えています。
ここでの生活、タイの子ども達に、日本語を教えることは、いろいろ苦労はありますが、やはり楽しいです。相手が子どもなので、授業が面白ければ、素直に喜んでくれ、逆に面白くなければ、全く話を聞かないという、非常にストレートな反応がいつも返ってきますが、それも高校で教える醍醐味かなとも思います。しかし、毎回の授業は、本当に試行錯誤の連続です。ああでもない、こうでもないと、一人深夜、日本語について考えています。でも、授業の準備が大変でも、授業の中で子どもが楽しんでくれているのを見ると、「ああ、頑張って準備してよかったな」と思います。今は、子供たちの笑顔に助けてもらっているという感じです。
タイで日本語を教えて、一番驚いたことは、子ども達が日本のことを、とてもよく知っているということです。芸能人のこともそうですし、日本のアニメ(一休さん・ウルトラマン・ドラえもん)、日本料理など、私以上に知っている時があります。日本では、タイの情報はあまり入ってきませんが、タイでは日本が溢れているということに、とても不思議な感覚を覚えました。日本というものは、日本国内だけではなく、世界のほかの国の中にも、存在しているのだなと感じました。
タイで日本語を教えて、早4ヶ月ですが、生活の方は、大分落ち着いてきました。最初のころは、アパートの部屋に毎日出る“やもり”に、叫び声を上げたり、水しか出ないシャワーに文句を言ったりなどしていましたが、今はもう何も感じなくなりました。私も少し強くなったかなと思います。後は、毎回の授業をどんな風によくしていくか。これは、もう経験するしかないですね。考えて、準備して、実行して、反省する。英国国際教育研究所でのコミュニケーション原論の授業の続きをタイで行っているように思います。
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大江先生
●上田考二 先生 [CERTIFICATE課程通信教育コース卒]
      Bina Nusantara University/インドネシア


現在、インドネシアの首都、ジャカルタにある私立大学で、日本語を教えている上田と申します。
私がこの大学で担当しているのは、中級の授業と上級の授業です。中級では『みんなの日本語』や『トピックによる日本語総合演習』を使い、文法や表現を教え、上級では、ドラマやアンケート発表、調査発表を学生たちにさせています。一クラスの学生数は中級では30人を超え、どうすれば効果的な授業ができるのか、日々悩みながら授業をしています。しかし、研究所で学んだ、教え方の基本をいつも忘れないようにし、また言語運用ということを常に意識して、授業を組み立てるようにしています。
これからも、学生たちの日本語が少しでも上手になるように努力し、学生たちが、日本語って面白い、勉強して本当によかったと思ってくれるような授業ができるようになりたいと思います。
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上田先生
●戸田恵都子 先生 [DIPLOMA課程卒]
      セイコー学院/日本


私はDiploma課程を卒業し、2006年4月から神戸にある就学生のための日本語学校で非常勤として働いています。学生は全員20歳前後の中国人です。

学生が日本で大学や専門学校に行くという目標があるため、授業は主に文法中心で、日本語能力検定や留学生試験対策などもしています。初めは違和感がありましたが、「授業」の根本は同じなのだということを最近感じてきました。それは「教えるという気持ち」です。実習後も講評である先生がよくおっしゃっていました。「今の授業は上手ではないけど、教えようという姿勢が感じられたから合格点をあげます」と。上級のクラスで語彙や文法を教える時、学生にわかるような例や簡単な語彙を使うのですが、なかなか私の言いたいことが伝わらないことがあります。でも必死になって話していると、そんな私の気持ちが伝わるのか学生もなんとか理解しようとしてくれます。まだまだ未熟な教師なので毎日が勉強です。
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●鵜池香菜子 先生 [DIPLOMA課程卒]
      浙江大学城市学院(大学)/中国


英国国際教育研究所DIPLOMA課程を卒業し、アシスタント・コーディネーターを経て、2006年2月から中国浙江省杭州市にある浙江大学城市学院という大学で日本語教師をしています。現在、週7コマ14時間で日本語学部1年生、2年生の会話、作文、コンピューター学部3年生の会話を担当しています。また4年生の卒業論文指導もしています。
プライベートでも日系企業のビジネスマンに教える機会を頂きました。
中国での生活は初めてですが、周りの先生や学生のお陰で毎日楽しく、充実した日々を送っています。

大学では日本語学部以外でも日本語に興味をもっている学生が多く、会話のクラスは聴講生がたくさんいます。1クラス30人〜35人程度ですがみんなとても元気で明るく素直な学生ばかりなので、いつも学生からパワーをもらっています。
授業は、教科書がベースですが教師に任されているので、教材やアクティビティなど毎回工夫することができます。その中で研究所で学んだ授業構成、自分で教材や活動を考えるという経験がとても役に立っています。
まだまだ日本語教師として試行錯誤の日々ですが、学生とのコミュニケーションを大切にし、常に学生の要求に応えられるような授業を心がけています。

研究所では、授業についてだけでなく日本語教師としてのあり方も学びました。
教えるだけでなく、自分自身も成長していけるような日本語教師かつ、研究者を目指して、常に笑顔で元気な日本語教師でいたいと思っています。
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鵜池先生
●畠中佳奈子 先生 [DIPLOMA課程卒]
      Community College of Southern Nevada/アメリカ
      yesjapan.com/アメリカ
      ラスベガス学園/アメリカ


はじめまして。Diploma課程を卒業した畠中佳奈子です。
私は現在、ラスベガスの三ヶ所の学校で、日本語教師として働いています。英国国際研究所では本当に多くのことを学びました。中でも、生徒にとって分かりやすく、実生活で使えるような授業内容にし、絵教材をふんだんに使うよう指導していただいたことが今、とても役に立っています。また、英国に一年間住み、英語のクラスを取ったことで、教師に必要な英語力も身についたように思えます。

私はコミュニティー・カレッジという短期大学で、初級レベルのクラスを担当しています。生徒はアメリカ人だけではなく、韓国人、中国人、そしてフィリピン人といった留学生もいます。このクラスでは教科書に基づいて、基本的な文法力を身につけることに重点が置かれており、授業中の説明は全て英語で行わなければなりません。また、この大学には、働きながら大学に通う生徒が多いため、欠席した場合のフォローアップも、私たちの大切な仕事の一つになっています。

二つ目はインターネットで日本語を教える会社です。ここでは、会員である生徒から寄せられた日本語に関する質問にウェッブサイト上で答えたり、教科書やテスト作りをしたりしています。また、ウェッブサイトを見るだけでは話す機会がないことを考え、一年ほど前から、コンピューター画面とマイクを使って「インターネット・レッスン」を始めました。生徒と顔を合わせることもなく、画面とお互いの声だけでレッスンをするという状況下で、教材・教案作りをするのは、最初とても大変でした。しかし、絵教材をふんだんに使うことで、その悩みからも解消され、英語だけに頼らないレッスンを作ることができました。

三つ目は、ラスベガスに住む日本人の子供たちのための日本語補習校です。ここ二、三年の間で、日本語を学びたいアメリカ人の子供たちが増えたのですが、この学校では直説法をとっているため、日本語が全く分からない生徒にも、日本語だけで教えなければなりません。よって、授業中は絵教材をふんだんに使い、必要な子供たちには、その日習った文法を英語で説明したプリントを渡しています。ここでは、子供達が退屈せずに楽しめるような授業内容にすることも、教師の課題になっています。

学校にはそれぞれのスタイルや教授法があるので、教師にはアイデアと適応性が求められます。これから日本語教師を目指される皆さん、英国国際研究所で知識と経験を身につけられ、それを実際の教壇で活かせられるよう、頑張って下さい。心から応援しています。
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●冨永博樹 先生 [DIPLOMA課程卒]
      成都外国語学校/中国・四川省


私は2006年9月より中国・四川省の成都外国語学校で日本語コースを担当しています。名前は民間の語学学校みたいですが、語学に重点を置いた中高一貫教育の省の重点校です。日本語コースは立ち上げてまだ3年目、来年の夏に初めて(日本語コースの)卒業生が出ます。その後彼らは京都にある日本語学校でさらに一年半みっちり勉強し、最終的には日本の国公立大学を目指します。「しっかりした組織で働きたい」「高いレベルで日本語を教えたい」という希望通りの職場が見つかったと思います。

現在高校2年生、3年生のクラスを担当していますが、来年からコースが拡大する予定です。そのため授業以外にもカリキュラム作成、教材選択、及び中国人日本語教師の指導等でとても忙しくしていますが、IIELのDIPLOMA課程で「自分で調べ、自分で考える」力を養うことができたため、このような大きいそして責任ある仕事にも毎日充実した気持ちで取り組むことができます。

今はまだ日本語教師として歩き出したばかりですが、IIELで学んだ様々なことを基本にさらに学ぶ気持ちがあれば、きっといい未来が待っていると信じることができます。
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●ハート洋子 先生 [CERTIFICATE課程卒]
      Box Hill School in Dorking/英国


このボックスヒル・スクールは、Secondary とSix-Formのインターナショナル・スクールで、生徒数は全部で350人と小規模ではありますが、日本人をはじめ、中国人、韓国人、台湾人、タイ人、そして、ヨーロッパからも幅広く学生を受け入れています。しかしながら、日本語は教えていません。

当初は、イギリス人の15歳の男の子一人が以前の学校で学んでいた日本語を今の学校でも習いたいが寄宿生なので放課後に学校に来て教えてほしいと学校側から頼まれました。授業を始める前に、その男の子に直接会いに学校に行きました。(I.I.E.Lで現在学ばれている皆さんもご存知でしょうが、レッスンを始める前のレディネス分析は、特に私のようにプライベートで教える者にとってとても重要なことです。)その男の子に会った日に、その男の子を合わせて、3人に日本語を教えることになりました。その翌週に初めてのレッスンを行った後に他に四人生徒が増え、最終的には、完全な初級者クラス、初級者クラスを週に一回、一時間半、AS-Level 受験対策の指導を週に一回、15分だけ(16歳の日本人の女の子なので、高校で学ぶ漢字を中心に敬語や同音異義語等、また読解力の強化を目的に教える。)を受け持つことになりました。生徒は全員15歳以上、また週一回だけの授業ということをなので、生徒自身で復習と予習ができるJapanese For Busy People 1を教科書に選びました。また、ひらがなとカタカナの書き方を練習しながら、語彙も学べる“かなマスター”を取り寄せ、各生徒に配布しました。

冬休み等が間に入り、実際に日本語を教え始めたのは、今年一月からです。なんと一月の下旬には、完全な初級者の18歳の中国人の男の子、初級クラスの15歳のイギリス人と中国人の男の子がを受けると固く決心していることを学校側から知らされ、私にとっても学校にとっても賛成しがたいことではありましたが、その生徒と直接話をし、週一回、一時間半のレッスンを二回にすること、ひらがなとカタカナを二月下旬までにマスターすることを条件に合意しました。(初級クラスの二人は、テストをぎりぎりで合格できるぐらいのスキルはありましたが、ひらがなとカタカナが書けませんでした。)

それ以来、基本的な文法を教えながら、各テストに必要不可欠な文法パターンや助詞の指導を行いました。もちろん、過去3年間のテストを分析したうえです。分析をすることによって、テストの傾向と対策がわかることができるのは言うまでもありません。

残念なことに、四月には初級クラスのイギリス人の男の子が受験を断念、また同じクラスの中国人の男の子は、レッスンを中止するが受験はする旨、学校側から知らされました。私は、彼に合格してもらいたかったので、過去のテスト用紙とテストのコツを書いたものに励ましの言葉を添え、学校を通して渡してもらいました。完全な初級者の中国人の男の子は、四月にはひらがなとカタカナをマスターし、文章も読み方に問題はあるものの意味はほとんどわかるようになり、作文も助詞を抜かずに書くことができるようになりました。過去のテスト問題用紙も平均で70パーセントの出来栄えでした。

実際に教えた期間は五ヶ月、また教えた文法項目は、J.F.B.P 1 の半分に満たないほどでしたが、試験一ヶ月前にいろいろなことを教えるよりもこれまでに教えた基本的な文法と助詞を正確に使えるようになることにフォーカスさせました。試験前には、その生徒がほぼ間違いなく合格できること、また、問題の内容によっては少なくとも最低から二番目のグレードで合格できると確信できましたが、こればかりは試験当日の生徒の調子次第です。リスニングとリーディングの試験後にその生徒は、「多少、わからない部分はあったが、わりとできていたと思う。」と言っていました。もう一人の男の子についても、それなりにできていた様子でした。

私の授業も6月下旬に終了し、その時点で在籍している生徒は一人だけで、あとは新学期を待つのみです。

八月も終わりに近づいた頃、G.C.S.E とAS-Level Japanese の試験の結果報告が学校から届きました。驚くべきことに、完全な初級者だった中国人の男の子は、最高のグレードのA*で、そして、レッスンを途中で断念した中国人の男の子もAで合格し、また、日本人の女の子はAS-Level JapaneseをAで合格したとのことでした。 私自身、たいへん驚きましたが、とても嬉しく思いました。 中国人は、言うまでもなく日本語で使われている漢字の意味はたいていわかることができますが、その読み方、書き方は中国語のそれとはかなりの違いがあります。 二人ともよくがんばったのでしょう。私は、とってもうれしい反面、彼らが、日本語をどれだけプラクティカルに使えるかどうか心配です。もっと時間をかけて教えたかったということは、いまでも強く思います。

新学期から、先学期から教えている17歳の日本人の女の子とイギリス人の男の子に加え、13歳の中国人、台湾人、タイ人の男の子と12歳の韓国人の男の子の合計6人を4つのクラス(A-Level Japanese とG.C.S.E Japanese とComplete Beginnerを二つ)に分けて教えています。各生徒は、とても勉強熱心で、宿題も忘れずに提出してくれます。今のところ、この学校で教える他に三人、別々の場所で日本語の家庭教師もしています。授業の計画、準備、ハンドアウト作り等に追われる日々で、フリータイムはなかなかとれませんが、とても充実しています。

I.I.E.Lで学んだことのほとんどは、実際の授業をはじめ、日本語を教えるあらゆる場面で役に立っています。もちろん、それを役立て、生かしながら成長していくのは、本人次第です。日本語を学習者に効果的に教える難しさは、言うまでもありませんが、学習者の能力を引き出し、成功に導けた時の喜びは、言葉では言い表せず、これからももっと良い授業をしたいという励みにもなります。皆さんも日本語教師として日本語を理想的に教えたくなるとは思いますが、各学習者の達成目標、またそれ以上に導くための授業作りに励んでいただきたいと思います。I.I.E.L 在学中の皆さん、日本語を教えるためのスキル、知識を今、そこにいる間にできる限り学んでください。日本語教師になる近い将来、間違いなく生かすことが出来ます。 また、授業の計画、準備は念入りに行えば行うほど、余裕のある授業をすることができます。最後に、皆さんの今後のご活躍を祈念して。Very Best of Luck!
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● 堀咲子 先生 [DIPLOMA 課程/CERTIFICATE課程 夏期集中コース卒]
      上海静安信邦専修学校・静安本校/中国
      湖南大学外国語学院日本語学部/中国
      長沙明照日本語専修学院/中国
      ※中国の「学院」は、日本の短期大学に相等します。

2004年3月26日にDiploma課程を修了し、3日後の29日にロンドンから中国の上海へ発ちました。

2004年度は、午前中に大学で中国語を学びながら、午後と週末は日本語学校で専任講師として週12コマ24時間の授業を担当するというハードな一年でした。睡眠時間も十分に取れない日々が続きましたが、研究所で養った根性と、研究所で身に付けた決して諦めない前向きな姿勢のお陰で、やり遂げられた一年だと思います。

今年度からは、毛沢東の出身地である湖南省の湖南大学で専任講師を務めています。私の担当は2年生と3年生の会話の授業です。一クラス25〜30人ですが、みんな真面目で明るくて積極的なので授業がやりやすく、とても楽しいです。同僚の先生の推薦で、今学期からは市内の短期大学で非常勤講師も務めることになりました。こちらは一クラス57人と多く、まだ20歳前後の学生から社会人入試で入学した学生まで、年齢に幅があります。毎日朝から夜まで走り回っていますが、とても気持ちの良い疲れを感じています。

日本語教師の需要が供給を上回っているここ中国では、日本人教師は非常に重宝され、同僚からも学習者からも大切にされ、また敬われています。学習者はとても嬉しそうに期待して私が教室に来るのを待っています。不完全燃焼で後味の悪い思いをするか、とことんやり切って達成感を得るかは自分次第です。

研究所は、どんなことも中途半端にせず徹底的にやり切ることの大切さ、そしてそこから得る達成感を学べる最高の場所です。これから研究所へいらっしゃる方々、是非、クラスメートと共に達成感を味わって卒業して下さい。
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● 野田裕美 先生 [DIPLOMA 課程卒]
      別府大学/日本

今年7月にPostgraduate Diploma課程を修了し、現在は大分県の別府大学文学部国文学科で非常勤講師をしています。週に5コマ担当しており、初級と中級のクラスで教えています。

私は、学外教育実習で初めて英国で日本語を勉強する子どもたちに日本語を教えました。わずか7週間に亘っての授業でしたが、その中で子どもたちの日本語が上達していく様子を見ることができ、「私たちが教えた日本語を子どもたちが話している!!」とうれしくなったと同時に日本語教師の楽しさを感じました。

日本語教師となった現在でも授業前は、緊張と自信のなさから逃げ出したくなることも少なくありません。しかし、私を「先生」と呼んでくれる学生がいること、そして学外教育実習でのあの気持ちが私の背中を押してくれています。

研究所では本当にたくさんのことを学び、経験することができました。これらは個人としてそして日本語教師としての私にとって大きな財産です。これらのことを一人でもたくさんの日本語学習者に伝えていける日本語教師になりたいと思っています。
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野田先生
● 田中美弥 先生 [DIPLOMA 課程卒]
      英国国際教育研究所母国語教室/英国
      岩谷学園テクノビジネス専門学校/日本

私は現在、横浜にある岩谷学園テクノビジネス専門学校 日本語科で非常勤講師として日本語を教えています。この4月からはクラス担任となり、仕事内容も日本語を教えるだけではなく、学生の進路指導や生活指導まで見ていかなければならなくなりました。大変ですが、学生の成長が以前より良くわかるようになり授業も工夫できるようになりました。

研究所で学んだことで役にたっているのは「教案」です。現在は、ロンドンで教えていた頃の2倍ぐらいの速さで教えなければなりませんが、「この表現はどこで使うのか」を考えながら教案を作る姿勢は今もとても役に立っています。研究所時代に作った教案も役に立っています。活動などは、既成の活動集より良いのがあったりします。みんな徹夜で作った力作ですから。良いクラスメートに恵まれたことを感謝する日々です。

授業が終わった瞬間に反省会を開きたくなるほど落ちこむ日もありますが、学生が習った文型を使って会話している姿を見ると、一気に自信回復。元気になります。 今、つまずきながらですが私自身も少しずつ成長していることを実感しています。
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● 鳴戸美紀子 先生 [DIPLOMA 課程卒]
      東京外語学園日本語学校
      ヨシダ日本語学院/日本

早いもので、D30期生として研究所を卒業してから、1年が経とうとしています。去年の今ごろは、最後のOTPの実習を終えて、かわいい学習者皆からの心あたたまる手作りカードに、言葉にできない感動を覚えた頃でした。「日本語が一番面白い!」と書いてあるそのカードは、私たちOTPのメンバー皆の宝物です。

また、実習の中で、「大きな古時計」を歌いテープに録音したのですが、帰国後、就職活動の面接の際に持って行きました。先方の先生からは、「こういうものを持参した人は初めてだよ。面白いね。」と言われました。

さらに、学内実習の内容や、コミュニケーション原論で得たものは、ついつい熱く語ってしまい、「それだけの 経験をしている人はなかなかいない」とも言われました。その熱意が伝わってか、帰国後1ヶ月ほどで教える場を得ることができました。1クラス約20人と、理想とはかけ離れて多すぎる人数でしたが、やるしかありません。

人数が多いことで、特に注意したのは、導入・練習・展開の「練習・展開」の時間を重視することでした。アイディアに詰まると、実習の皆の授業を思い出したりして、いつも研究所生活を振り返っていました。

卒業後は、孤軍奮闘でくじけそうにもなりましたが、やはり、研究所での生活が支えでした。部屋で一人、導入の練習をしていると、実習で励ましあった仲間がいたことの幸せを、改めて感じたものです。

現在は、ヨシダ日本語学院というところで、金融関係の外国人ビジネスマンにレッスンを行っています。ビジネスマンということで、日々の仕事に直結した日本語がニーズになるため、経済ニュースをテープに採り、一字一句そのままを文書に起こして教材に使っています。テープは、そのまま聴解に使います。

新聞も随時教材として使用しています。研究所で培った、なんでも自分で作り出すハングリー精神が、ここで も役立っています。ただ、自分なりにこれまで突っ走ってきて、今一度もっと勉強したいことや、今後どのように日本語教師としてのキャリアを積んでいきたいのかを、落ち着いて考えたくなり、6月からしばらくお休みをいただいています。29期の杉崎さんの言葉にもありましたが、外国で日本語を教えることも興味があるので、じっくり考えてまた再始動したいと思っています。

振り返ると、研究所で学ぶことというのは、本当に大切なことの凝縮されたものであるということです。どこに行っても応用のきく日本語教師になるための、大事な基礎がためなのです。ここで学ばれる皆様には、一日一日の貴重な時間を逃すことなく、情熱いっぱいにがんばっていただきたいと思います。

また、こんなに情熱的な先生方がいらっしゃる学校も、きっと少ないのではないでしょうか。

在学中は、気づかないかもしれませんが、いざ一人立ちして心細くなってみると、あたたかさが本当によく分かると思います。私は勝手に、イギリスと研究所が第二の故郷だと思っております。
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● 松井孝浩 先生 [DIPLOMA 課程卒]
      シーナカリンウィロート大学/タイ

私は今タイのバンコクにあるシーナカリンウィロート大学という所で働いています。2003年の3月にDIPLOMA29期を卒業して去年の5月に赴任して今2年目です。無我夢中であっという間に過ぎた1年でした。

去年よりやや落ち着いて授業に臨めるようになった今年ぜひ取り組もうと思っていることがあります。それはアクション・リサーチです。

アクション・リサーチについてなじみのない方のためにこの研究方法の定義のみを紹介します。「自分の教室内外の問題及び関心事について、教師自身が理解を深め実践を改善する為に目的で実施される、システマティックな調査研究。」つまり教師が成長しくために教師自身の問題意識から行なわれる実践研究とでも言えるのでしょうか。

日本語を教える上で完璧な授業(これ以上改善の余地がない授業)というのはありえないと思っています。教師は常により良い授業をすることを求められ、それには終わりがありません。学習者の環境やニーズによってより良い授業の形は常に変化するからです。

ですから日本語教師には常に自分で考えより良い授業を目指して成長していく姿勢とそれを実行に移して行ける力が求められます。研究所ではこのアクション・リサーチの方法については「コミュニケーション原論」という講義で取り上げられています。

このアクション・リサーチは比較的新しい研究方法ですが、教師が成長を続けて行くための具体的な研究方法としてアクション・リサーチの有効性は日本語教育だけでなくあらゆる教育現場で確認されています。実は私自身、在学中はアクション・リサーチについて漠然とした印象しか持っていませんでした。

しかし現場に出ていろいろな問題に直面している今、これらの問題について考えそれを克服して行くためにはアクション・リサーチによる研究が不可欠であるということを切実に感じています。

研究所で学んだ文法知識や実習経験が今の自分の基礎になっていることは言うまでもありませんが、今自分にとって一番助けになっているのはやはりアクション・リサーチについて学ぶことができたことでしょう。

教える上で明らかになってくる問題の多くは文法書や教授法について書かれた本を参考にすることも大切ですが、やはり自身の思考錯誤の中から解決法を見つけてゆかなければなりません。

今年は「コミュニケーション原論」で学んだアクション・リサーチを実施することによってより良い授業に少しでも近づいて行くことを目標に頑張りたいと思っています。
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● 小島紀子 先生 [DIPLOMA 課程卒]
      Pyaess Language School
      国立シンガポール大学

「慢慢学(マンマンシェ)」

8年。この数字が長いのか短いのか。私が日本語教師になってからの年月である。研究所を卒業してすぐ採用された語学学校で働き始めて、もうそんなに経ってしまったのかと、信じられない気持ちでもある。今ではベテラン(?)の教師の立場にあり、新しく来た先生たちの指導をしたりや私の授業を見学してもらったりすることもある。そういえば、私も新人の頃には先輩の先生方の授業を見せてもらい、良い意味で刺激をもらった記憶がある。

現在勤めているのは「Pyaess Language School」という民間の語学学校で、普段は初級から上級までの文法そして会話を教えているが、9月になるとこれに加え、日本語能力試験対策コースも始まる。クラスはもちろん個人レッスン、企業へ行って教えることもある。学生は主に社会人であるが、大学生、高校生、たまに小学生も来る。

仕事を始めたばかりの頃は、正直「日本語教育とは」みたいなものがよく理解できておらず、かなりその日暮の授業をしてしまったような気がする。もちろん全力投球はしているが、かなり的が外れている事もあったのではないだろうか。

研究所で勉強したことがやっと自分の中で消化できるようになったのは、教師になって2年目あたりから。初級を一通り教え終わった頃だったと思う。恥を忍んで言うが、私は研究所で「できる」学生ではなかった。そこそこ、平均的な学生。先生方の話を聞いて「ほう〜」と感心し、「なるほど」と思っても、完全に理解できたか?と聞かれたら、多分「いいえ」と答えただろう。

仕事を始めて分かったのは、全ての仕事に当てはまることかもしれないが、知識も大切だがそれよりも「経験」が何よりも大切だと言うことだ。私がこうやって教師を続けてこられたのも、忍耐強く私のクラスに来てくれた学生たちがいればこそだ。「経験」した上で、改めて研究所の時の資料や本を読んでみると「なるほど!そういうことだったのか!」とやっと理解できた自分に出会える。

ある程度経験を積むと、学生たちが必ず間違うポイントが分かってくる。これは国によってもかなり違うと思うが、シンガポール人は必ず陥るミスと言うのがある。それは研究所では教えてくれないし、もちろん本にも書いてはいない。これは自分が経験の中から、見つけていくしかない。そしてそれに対する対処法、効果的な説明、例文などがわかってくる。これこそ教師の財産ではないだろうか。それから教師が勉強を続け、知識を増やしていくのは大切なことだが、知っていることを全て学習者に教えようと思わないこと。これも私が経験から学んだ大きなポイントだ。

仕事に慣れ、余裕が出てくると「これもあれも教えてあげよう」という気持ちになる。しかしクラスのレベル、雰囲気などを見極めないと、むやみに学生を混乱させるだけの結果になってしまう。その場、学生に応じて臨機応変に、付け加えたり、最低限の説明に止めたりできるようにする必要があると私は思う。

そして「馬鹿を演じられること」。学生の前で歌うこともあれば、気持ちを込めて会話文を読み、学生に笑われることもある。リアクションはかなり大きめで、学生には「面白い先生」と思われているようだ。間違った英語でもどんどん話す。こちらの習慣などで分からないこと、知らないことはどんどん聞く。自分の失恋談やドジな体験談もよく話す。こちらから教師と学生との間の壁をなくすように心がける事。これこそ私が一番心を砕いていることである。また常に学生の立場になって考えるということ。長く教師をしていると、その点について忘れがちになってしまう。また慣れてくると「このくらいは大丈夫だろう」とか「こんなことぐらいできるだろう」という横柄な気持ちになってしまう。

立場を変えてみるのは、とても大切なことで、私は去年から中国語を習い始めたが、学生になってはじめて、彼らの本当の気持ちが理解できたような気がする。先生が要求したことに対して「無理だよ〜」と思いながら、「あ!自分も同じ事を学生に求めていたな」と反省することも多い。今中級になったが、言われていることは理解できるが、思うように話せないというフラストレーションとの戦いだ。私の学生たちもきっと同じように感じているのだろう。

今まで無理難題を押し付けてごめんねと思うと同時に、もっと広い気持ちで接しようと思えるようになった。中国語の「慢慢学(マンマンシュエ):ゆっくり学ぼうと言う意味」という言葉が今とても気に入っている。

最後に私が理想とするクラスとはレッスンの中で、先生の声が1/3、学生の声が1/3、そして皆の笑い声が1/3の割合の授業だ。これが簡単なようで難しい。でも「楽しかった。早く次の授業に参加したい!」と思ってもらいたい。「今日はこれを身につけた!」という充実感を持って家へ帰ってもらいたい。8年経ってもまだまだ1人前にはなれないようだ。でも、誰よりも自分自身が楽しいし、学生から学ぶことも多い。彼らと共に、成長させてもらっているなと思う私は「天職」と呼べるものに出会え、きっと幸せ者なのだろう。

来月からこちらの国立大学で働くことになり、今は不安もある。しかし、また新しいところでチャレンジできる幸運を忘れず、これまで以上に楽しく教えて行きたい。

8年。これからの年月を考えれば、短いのだろう。私の教師生活が1年1年、経験、思い出、学生と共に増えていけばと願う。
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小島先生とクラスの学生達小島先生
● 加藤恵理奈 先生 [CERTIFICATE 課程 夏期集中コース卒]
      ヤマサ言語文化研究所
      オンライン日本語研究センター
      日本/イギリス

一日のほとんどがパソコンとの睨めっこ…そんな日本語教師もいるんです。

夏期集中コース(S7)を受講後、愛知県岡崎市にあるヤマサ言語文化研究所で日本語教師としての第一歩を踏み出す事ができたのが今から4年ほど前です。最初の2ヶ月間は休暇中の先生方の代行として、一日5コマ、午前と午後でレベルの違うクラスをティーム・ティーチングで担当していました。

代行ゆえに2週間毎にチームも変わり、またそこで授業をするという、まさに「渡り鳥先生」でした。加えて、私は国際部採用だったため、部が担当する個人レッスンも担当することとなり、一日8コマという期間も…。

いきなり色々なクラスを担当するという過酷な「洗礼」を受けたわけですが、これは本当にありがたいスタートだったと思っています。それから現在に至るまではインターネットで日本語を学ぶためのコンテンツ(教科書)開発が主な仕事となりました。

日本語が勉強したくても、諸々の事情で学校へ行ったり、日本へ行ったりすることができない世界中の日本語学習希望者のために、少しでも役に立てるよう、毎日パソコンと睨めっこです。

学習者と相対することが出来ない分、教室でカバーできる様々なことをネット上で解決させていかなければなりません。いかに楽しく、痒いところに手が届くような、至れり尽くせりの、とはいえ学習者の自由な発想を壊さないコンテンツを開発することが最大のテーマです。

実際に担当してきたクラス授業やプライベート授業、C.A.L.L.セミナーは、もちろん開発に十分役立っておりますが、何より心強いもう一つの支えがS7の受講です。確かに受講期間は1ヶ月という短いものでした。しかし、短期間だったからこそ、本当に大切なものをぎゅっと濃縮して、効率よく学びえることが出来たような気がします。

クラスや仕事で生じる問題は千差万別。養成講座でそれら全ての問題に一つ一つ対応することは不可能です。が、私はS7の受講で、問題が生じたときの対応、その答えをどう見出すか、そのためのアイデアの出し方と活かし方を学びました。それはどんな問題にも対応可能なエッセンスです。

自分らしい授業展開は、マニュアル崇拝では生まれません。英国国際教育研究所で、教授マニュアルではなく、本質を学ぶことが出来た受講生の皆さんは、研究所を巣立った後にも「自分らしさ」を大切にした授業をし、活躍の場を広げることが出来るはずです。

私もこれからも色々なカタチで、「日本と海外の架け橋」として頑張っていきたいと思っています。
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● 中川千賀子 先生 [DIPLOMA 課程卒]
      Liverpool City Council Adult Education Course
      at Millbrook College / Hackney College
      Queen’s Park College / City Literary Institute
      Lloyd’s Insurance Language Training Centre
      Department of Trade and Industry(DTI)/イギリス

はじめまして、D8の卒業生の中川千賀子です。イギリスでの日本語教師歴は約10年、現在、ロンドンのCity Litという学校で日本語講師をしています。

この学校はドラマ、音楽、美術、コンピューターと何でも学ぶ事が出来る成人学校ですが、特に語学の評判は良く、質の高い先生方に囲まれ、大変充実した仕事をさせて頂いています。

この10年間、日本語を学びに来る生徒さんの数は圧倒的に増え、年齢層も学習理由も幅広く、日本文化に対する知識が高い方々も多くなって来て、教える側も意欲をそそられます。

そんな中で最近感じる事は、「私は日本語自体を教えるのではなくて、日本語の学び方を教えていきたいのだな」と言う事です。

日本語を教える事はできても、彼等が自主的に学ぶという意識がなくては上達は望めないのではないでしょうか。クラス外での学習の仕方、又どうやったら興味をもって勉強を続けていってもらえるかも常に研究し続けなくてはならないのが私達=日本語教師ですし、其の為にも毎日の教材や教案作りには努力を惜しまずしなくてはいけないと思っています。

幸い研究所での教育実習は全てハンドメイド教室でしたから、コツコツと教案や教材を作るのは当たり前になっているので、10年経った今でも教案はノートにキッチリ書いてからでないと落ち着きません。

自作教材も本箱にギッチリつまる程溜まって、毎回今日はどの教材を使おうか?どんな教材をつくろうか?と生徒さんの顔を思い出しながら準備をするのがとても楽しみになっています。

以前ロンドン市内の日本語学校を見学した時、大多数のクラスが教科書を主とした一問一答式の授業だったのを見て大変驚いてしまいました。「私が生徒だったら通わないよな〜」と正直言って思ってしまいましたが、実際未だ旧式(?)教授法で運営しているクラスは、ここロンドンでは多いのが現実の様です。

でも、私達が研究所で学んでいる教授法は生徒さん達には絶大な人気で、それは毎学期行われるCourse Evaluationで生徒さん達自身が評価しています。今研究所で学んでいらっしる方々が将来、各地、各国で素晴らしい教授法と共に活躍していって欲しいというのが私の希望です。
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● 杉崎洋 先生 [DIPLOMA 課程卒]
      Suphamburi Physical Education College/タイ
      Banharnjamsai Wittaya School 1/タイ

日本語教師をするならやはり海外で。
こんにちは。29期αを卒業した杉崎です。現在タイ国はスパンブリという所で日本語教師をしています。

スパンブリはバンコクから110キロほど離れた田園地帯に位置しています。たまたま40通ほど送った手紙に返事をもらったので思い切って来てみました。所属しているのはスパンブリ体育大学です。

ここでは宿舎を無料で提供してもらい、ホテル、トラベル科の日本語を教えています。しかしまったくのボランティアです。そこで、もう一つ更に30キロほど離れた町の高校を紹介してもらいました。

ここでは週3日、日本の学年にして中1、高1、高2の3学年に合計9時間日本語を教え、1時間日本クラブを受け持っています。生徒たちは純真でとてもかわいいです。 最初は多少の不安がありましたが、すぐにこちらの生活にも慣れ、教えることも楽しくなってきました。決して恵まれた環境ではないですがその地に入り込んでしまえば何とかなるものです。

自分の言いたいことは積極的に伝え環境を整えていけるものです。英国国際教育研究所で1年間みっちり勉強した自信があったので自分なりにやれば何とかなるんだ、という気持ちが大きな支えでした。

それと一緒に学んだ同期の人たちや先輩、後輩の人たちとも何かとメールで連絡しあえたのも大きな支えとなっています。

海外で日本語教師をするのはそれなりに大変なこともありますが、ただ日本語を教えるだけでなく、日本のこと、日本の文化を伝えることはなかなか楽しいものです。

子どもたちはいろいろ日本に関する情報も持っていますし、興味も持っています。こちらもその国のことを体験を通して知ることができます。今はもっとタイのことを知りたいし、もっと日本のことを知ってもらいたいと思っています。

日本で日本語を教えることももちろんできるでしょうが、私はもっとみんなに海外に出て日本語教師として頑張ってもらいたいと思っています。外から日本を見れば日本の良いところも悪いところも見えるかもしれませんし、その国のことやその国の人たちの考え方なども知ることが出来るからです。

是非海外で幅広い視野をもった日本語教師を目指してください。
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