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IIEL体験記

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日本語教師になって、世界中の人々に日本のことを教え、自らも世界中のことについて学びながら、異文化交流を肌で感じる暮らしがしたい―そんな夢を抱いて、私はIIELの門を叩いた。

四月の初め、第一タームの校舎となるマイシーニ・ハウスのあたりでは、散り行く大木の桜が春の空気を薄桃色に染め、公園や個人宅の庭先で黄水仙やブルーベルが愛らしい顔を並べていた。大学を卒業して数年後に、このような美しい景色の中で、再び、新しい学友と共に新しい勉強を始められることが、私にはひたすら嬉しく、ありがたかった。

IIELの拠点であるサウス・イースト・ロンドンのグリニッジ地区は、私にとって未知の場所だった。ガイドブックなどを見てもグリニッジ天文台やカティサーク号のこと以外は殆ど触れられていないので、一体どんな所なのか、日本を発つ前は多少の不安があった。

しかし、わずかな情報の中からも、きっと素敵な所に違いないという予感はあったし、実際、到着した最初の日曜日に、現地の人々が優雅に憩うグリニッジ・パークや、マーケット広場を中心に洒落たブティックやカフェが点在するグリニッジ・ビレッジを歩いたとき、いっぺんでこの町が好きになった。グリニッジ・ビレッジだけではない。

さらに上品さの漂うブラックヒース・ビレッジ、逆に、グッと庶民的でちょっと煩雑でさえあるけれど、便利で安くて、掘り出し物の多いルイシャムやウーリッチ、そして、本校であり、歴史的建造物でもあるチャールトン・ハウスのたたずむチャールトン・ビレッジ等々、総称でグリニッジ地区(Greenwich Borough)と呼ばれるこの地域全体が魅力に溢れており、休日もずっと、この界隈で過ごすことが多かった。もし、IIELに通わなければ、この地区を知ることなくロンドンを知った気でいただろうと思うと、それだけでとても得をした気分だ。

但し、学業中は、勿論、そんな悠長なことばかりはいっていられない。

第一タームは、言語学概論や日本語学といった理論を中心に学ぶのだが、これが予想以上に難しい。外国語の場合、「知っている」ことと「理解している」ことは大体一致しているものだが、母国語の場合は、確かに「知っている」のに、実はそれについて「理解していない」ということが実に多いという事実に愕然とする。

つまり、私たちは日本語を無意識に使いこなしているわけだが、この、無意識に出来ることを意識化するということほど難しいものはない。

第二タームでは、教授法や実演方法を学びつつ、個人の研究発表など、これまでにインプットしたものをアウトプットすることについて学ぶ。曲がりなりにも「理解」したことを、次は、自分の言葉や身体を使って、人に「伝達」できるようにならなければならない。

ここで私が学んだのは、人に何かを伝えるためには、まず、「何を・何のために」伝えるのかということを自分で認識するのが大切だということ、そうすれば、きっと、相手にも伝えたいことが伝わり、ひいては相手から「受け入れられる」という成果が生まれるということだ。

しかも、それを単なる理論としてではなく、実際に、学校の内外の人々の前でプレゼンテーションを行なう機会が与えられたことによって、それを実感できたことがとても大きい。そして、指導するということは、教師と生徒とのコミュニケーションを通じて、教師の指導内容が生徒から受け入れられることに他ならないのだということに思い至る。

いよいよ第三タームは教育実習期間となり、どうやって指導すべきかを経験的に学ぶ。何しろ、本物の学習者を相手に本物の授業を実践しなければならないのだから、その緊張感や準備の大変さもまた、本物である。

しかし、これまでは英国に来て英語を学ぶ一方だった私が、いつしか英国の人々に日本語を教えられるようになった喜び、そして、教えたことが彼らに理解されたとき、それこそ本物の幸せを味わうことができる。

再び春が訪れ、IIELを卒業する頃になると、私には、第一タームで得た知識、第二タームで得た思考、第三タームで得た経験、そして、様々な思い出を共有した、同士ともいうべき仲間が備わっていた。

しかし、ここで終わっては単なる自己満足、宝の持ち腐れになってしまう。日本語教師の夢、いや現実は、いま始まったばかりなのだから。

● IIEL体験記 Diploma課程卒業生 M.W.
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